嫁姑・同居問題 良い嫁やめて自分の人生を取り戻すブログ

嫁姑・同居問題に悩み病んだ私が『良い嫁をやめる!』と別居を決断。姑の呪縛から逃れ、自分の人生をやり直します

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父と私 ①

今日は私の実父の話です。

ちょっと、センシティブな話もありますが、最初に言っておきたいのは、
私は父親が大好きであるということです。

 

私の父

私の父は、産まれてすぐに母親が亡くなったので、父親・兄と男ばかりの中で育ってきた九州男児なので、女性に対して扱いが下手な人だと感じます。

言葉にすることが苦手で、限界点を超えると手が出ることもありました。

 

私が小さい頃の父親は怖い人、というイメージで母も父には気を使っていました。

仕事から帰って来るのが遅い父には、夕飯のおかずも1品多いとか。

ただ、父が毎日飲むビールの泡がとても美味しそうに見えて、私は小さい頃にこの泡だけを飲ませてもらうのが楽しみでした。

 

悪いことをした時に母から「お父さんに言うよ!」と言われると、必死で謝っていました。

小さい頃に悪いことをすると、ベランダに出されたことが何度かありました。

 

ですが、私のことを溺愛していることは分かっていたので、嫌いだと思ったことはありませんでした。

 

父が初めて海外出張が決まって、数日前から緊張や不安があったようで、

母や私も妹も、父を怒らせないように、と気を使っていました。

出張前日、何かのきっかけで母に父が怒る場面がありました。

その時にも父は言葉にせず、食卓のビールが入ったコップを、キッチンにいる母親に向かって投げたのです。

母には当たりませんでしたが、コップは割れ、ビールはこぼれていました。

 

そして、母はそれを片付けず朝までそのまま。

父はその日に初めての出張に旅立って行きました。

 

父に怒られたこと

私が中学3年生の受験生シーズン真っ只中の冬、布団で寝ている私の枕元に仕事から帰ってきた父が顔を見に来たのが分かりました。

それは毎日のことなので、いつものことなのですが、その日の私は前髪にホットカーラーを付けたまま寝ていたのです。

当時、母が使っていたホットカーラーは、今みたいな感じではなく、カーラー自体に髪の毛を絡ませる為の突起がついていたものを、借りて使っていました。

父が私の頭を撫でた時に、その突起が当たって痛く、私は

「触らないでよ!」

と父の手を振り払いました。

 

受験生の私に家族みんな気を使っていたのは薄々感じていました。

思春期の私は受験や彼氏との上手くいかない仲などで、イライラを家で出していたこともあり、父も私の扱いが分からなかったのか、イライラしている私に我慢をしていたようでした。

 

その、私の「触らないでよ!」に、父の怒りスイッチが入ってしまいました。

 

階段から突き落とされる

 

我慢していたのが爆発したようで、私は怒られて引きずり起こされ、そのまま外に出されました。

 

当時、社宅に住んでいて近所の人達は皆親しく、家族付き合いのある家ばかり。

我が家は3階に住んでいたのですが、玄関から出された私は、何が起こっているのか分からないまま、父親に階段から蹴飛ばされながら、1階まで転げ落ちていきました。

 

夜の22時過ぎのこと。

私の泣き声と止める母親の叫び声が社宅の階段に響いていました。

泣きながら私は何故か冷静に、こう思っていました。

「あ~、お父さん我慢していたのに、私が怒らせたんだな。

 思う存分、怒らせてあげなきゃ」

 

今、思い出してもこの思考は怖いのですが、何故か

気が済むまでやらせてあげよう

みたいな気持ちだったのです。

 

近所の人達も何の騒ぎかと出てきて、父親を止める人、私を家に入れようと助けようとしてくれた人、何軒かの人が出てきました。

私はケガをしてパジャマも汚れ、裸足で母親と一緒に家を閉め出されました。

 

そんな夜中から、近所の人の家に母と二人を急にも関わらず泊めてくれ、

着替えを用意してくれ、たまたま看護婦さんだったその人にケガの手当をしてもらいました。

 

 

長くなったので続きます・・・ 

 

 

 

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